教材研究の方法(粕谷昌良)
1.教材研究
教材とは,社会と生徒をつなぐメディアである。
そしてそうした教材を「社会の中から選んだり,社会の変化に合わせてこれまでの教材を新しくつくり替えたりして,児童の追究を促せるよう編成すること」を教材研究という(粕谷昌良2023)。
有田和正のネタ教材作成を分析した研究(関浩和1990)によれば,教材は学習内容と子どもの中間に位置し,子どもが知的好奇心を刺激されて必然的に動き出す要素を社会事象の面と子どもの心理的状況の面から捉えていることがわかるようだ。
社会事象から「新奇性」「複雑性」「不明瞭性」「異質性」「不一致性」を,子どもの心理面からは「驚き」「困惑」「葛藤」「疑問」の要素があげられている。
粕谷はこの集めた社会事象を①社会科の本質に当てはまるのか?②子どもの追究意欲を引き出すことができるのか?という視点で教材研究をしている。前者を「広げる教材研究」,後者を「絞る教材研究」と名付けている。
2.広げる教材研究
広げる教材研究の判断基準は,先のネタの基本形態にある「新奇性」「複雑性」「不明瞭性」「異質性」「不一致性」に加えて,「社会的価値創造」を大切にしているという。
こうした視点から選ばれたものをが次の「絞る教材研究」で子どもの立場に立って追究意欲を高められるのかを検討していく。
3.絞る教材研究
絞る教材研究とは,広げる教材研究で選んだ素材を,子どもの追究意欲を引き出すことができるのか,という判断基準で精査することである。なぜこのプロセスを必要とするかというと,広げる教材研究で得た教材が,社会科の本質を捉えたものだとしても,それがそのまま生徒の興味を引き,主体的な学びにつながるとは限らないからだ。
この追究の心理面の視点として,粕谷は関氏のネタ分析によって示された「驚き」「困惑」「葛藤」「疑問」に加えて,喜怒哀楽などの「情意」や使命感や責任感といった「規範意識」をあげている。
こうした2つのプロセスを経た教材を提示する手立てとしては,
・経験をくつがえす
・数量的な驚きを呼び起こす
・怒りなどの心情に訴える
・多様な見方・考え方
・価値の対立を引き起こす
といった5つの手立てが示されている。
導入の教材は,以上の2つのプロセスを経た教材研究によって,主体的な学びを促すものとしていきたい。
振り返り
教材研究=指導内容の勉強としか考えていなかった頃に比べ,こうした情報を受けいれる土台ができてきた。指導技術<内容知としか捉えていなかったが,それはやはりいかに自分がおしえる内容について知らないかを痛感した時代の私なりの教材研究だったと振り返って思う。
参考文献
粕谷昌良,2023,「社会科授業の指導技術⑤ 教材研究の方法 その1 広げる教材研究」『社会科教育』2023年12月号.
――――,2023,「社会科授業の指導技術⑥ 教材研究の方法 その2 絞る教材研究」『社会科教育』2023年1月号.
關浩和,1990,「小学校社会科授業における『ネタ』教材の形態とその方法論的性格――有田和正氏の実践事例を考察対象として」『教育方法学研究』15号.
小学校社会科授業における「ネタ」教材の形態とその方法論的性格 : 有田和正氏の実践事例を考察対象として
自分の授業をどう振り返り,授業づくりに生かすのか
1.授業改善をしたいと思うか
自分の授業をおもしろくしたいとか,よくしたいと思う気持ちはいつまで持続すんだろうかと思う。どこかでこのエンジンがかからなくなるような気がする。
北海道の公立学校に勤務するものにとって,自分の授業実践を振り返り,同僚たちとともに授業づくりをすることには,大きな障壁がある。配置される教員は1教科1人は当たり前。そうなれば,教科間交流以外の振り返りは,自然とその個人の力量やアンテナの枠を出るようなものは難しい。
2.授業の振り返りの視点
自分に授業を振り返る視点はあるのか。授業の構成,準備した教材や資料,生徒とのやりとり,発問などなど。けれど,研究授業で問われるような「生徒にとってどんな意味があるのか」「なぜこの授業でなければならなかったのか」といった根本的な振り返りは,だれかとのお話があって実現するもので,一人でやるのはなかなか難しい。こうした根本的な生徒観や授業観にまで踏み込んだ振り返りはやったことがないかもしれない。
3.生徒に挙手させない授業
先日,ある授業を見たときに,すごく違和感を覚えた。それは先生が問いかけ,それに生徒が応えるとき,挙手したりせず,ぽろぽろと口から出た言葉を先生が拾っていく授業だったからだ。これは初めて見るスタイルだ。困惑した。
なぜ生徒が挙手しないのか,挙手して当てられて少し遠慮気味に,または誇らしげに答える姿を「よい生徒像」として念頭に置き,授業を組み立ててきた。
その先生は「私はそうした生徒観に立たない」と答えた。その先生は,子どもは中学生にもなれば,挙手して自分の答えを言うことは少しためらわれるものだと考えるもので,そこを矯正しようとは思っていないという。確かこんな回答だった。
だからこそ,その先生は指名しない。挙手させない。挙手して発表しようとする姿勢をとがめることはもちろんやらないが,とにかくその態度を求めないという。
自分で授業を振り返る行為に,こうした衝撃は訪れない。こうした全く異なる生徒観に出会うチャンスは校内においてもめったにない。実際に,これまでそんな先生に出会ったことはない。
自分で授業を振り返ることには限界がある。まったく異なる視点を注入するためにはどんどん外の世界に出るしかない。正直,こんな研修を求めたい。生徒観を異にする先生たちがその生徒観を言語化し,実践で見せつけるような研修を。
観光の視点から組み立てるヨーロッパ州の授業
1.観光を主題にした単元構想
ヨーロッパ州の授業案を見ると,単元を貫く課題として,「EUのまとまり」に着目したものが多くみられる。
・「EUはどのような経緯でその構成国を変化させてきたのか」「EUの構成国内で,なぜ分離や独立などの動きがみられるのか」(平成29年告示『学習指導要領解説社会編』)
・10年後,EUはどのようになるのか予想しよう(川端裕介2019)
・ヨーロッパ州では,国々の結び付きが強まることによって,地域にどのような影響が生じるのだろう(梅津,永田2023)
・ヨーロッパでは,なぜ国々の結びつきが強まったのだろうか(教育出版)
・ヨーロッパ州では,なぜ,統合をめぐるさまざまな動きが見られるのだろうか(東京書籍)
などなど。
こうした課題はそれぞれ魅力的だと思うが,「EUのまとまり」が生活と結びつかない日本の中学生にとっては,はじめからEUの構成国の変化やその影響を追究することは難しい。
こうした状況に,ヨーロッパ州の観光を通じた人の移動を軸に単元を構想したのが金澤翔平(2020)だ。
金澤は,国連観光機関の統計資料を教材に,ヨーロッパ州の域内移動を浮かびあがらせ,EUによる国家間統合を捉えさせる授業を構想している。
2.教材作成
金澤作成の教材を最新バージョンにしたものが下の表である。国連観光機関(UNWTO)の統計によれば,2018年,世界の国際観光客到着数14億1400万人のうち,51%はヨーロッパ州への観光客が占めている。そのうち,上位10か国と日本を表にまとめたのが下のスライドである。
このうち,1位のフランスを訪れた観光客の出発国を調べると,そのほとんどがヨーロッパ州の国々が占めている。ちなみに元データの画像はこんな感じだが,英語が全くできないのでこれでいいのか確証がつかめません。教えてください。
こうした資料から,生徒にはヨーロッパ州が世界で最も観光客が集まる州であること,ヨーロッパ州の国々間で観光客の移動が盛んに行われていることをつかんでほしい。
3.単元を貫く課題と単元計画
金澤は「観光客が多いヨーロッパ州とはどのような州か知ろう」という学習課題を立て,全5時間の単元計画を立てている。せっかく観光への興味を高めてくれた生徒には申し訳ないが,教科書の流れと一致していないことから採用しない。私は単元を貫く課題を,川端(2019)と梅津・永田(2023)を組み合わせ,「10年後のヨーロッパ州では,国々の結び付きはどのように変わっているか予想しよう」とした。
1時 ヨーロッパ州の自然や文化について調べよう
2時 ヨーロッパ統合が進むことで,人々の生活はどのように変わったのか
3時 ヨーロッパの農業を地図で表そう
4時 ヨーロッパの工業はどのように発展したのか
5時 ヨーロッパで持続可能な社会づくりが進む理由を説明しよう
6時 ヨーロッパ諸国はロシアとどのように付き合っていけばよいのか
参考文献
金澤翔平,2020,「『地域を見る目』を育てるヨーロッパ州の授業」
ついに来たか。一気に雪景色にそまりました。
オホーツクで迎える初めての雪景色です。
このまま根雪でしょうね。
男女の性の違いから生まれるイノベーション
今、男女の違いを科学的に分析することで社会を変えようとする“ジェンダード・イノベーション”が注目を集めている。医療分野では、男女でなりやすい病気に違いがあることが明らかに!自動車業界では、衝突実験を女性や子どものダミー人形で行うなど、事故リスクの低減につなげている。さらには、女性にだけ効く新薬の開発やスポーツシューズの改良まで。誰もが生きやすい社会につながる、性の違いから生まれる変革に迫る。(クロ現HP)
あたりまえだが身体や臓器の機能は男女で大きな違いがある。
現在,男女の違いを科学的に分析することが,様々な発見につながっている。これを「ジェンダード・イノベーション」という。
まずは男性と女性の違いを医療に焦点を当ててみてみよう。
(1)病気の違い:女性の隠れ狭心症
病院での検査は原因不明だったが,大学病院での精密検査の結果,隠れ狭心症ともいわれるような症状だったようだ。
従来の狭心症の検査は,太い血管のみを対象としており,
また痛みも男性であれば胸に痛みが集中するため分かりやすいが,女性の場合はのどや胸,腹部にまで広がるので,心臓の病気と考えにくいという。
(2)ケガのリスク:前十字靭帯
女性は男性より前十字靭帯の損傷が3倍にもなる。
原因は女性の足に合っていないシューズにあるという。
女性と男性の足の形は異なるが,スポーツシューズの多くは男性の方を使って作られているという。
(3)女性に効く薬:女性専用メタボ改善
実はこれまで薬の実験に使われる動物は,性周期による体の変化を嫌い,メスが敬遠されてきた。ところが,メスも実験動物に使われてきたことで,オスとメスで異なる作用をもつ新薬の開発に生かされている。
他にも医療に関しては大腸ガンの発生場所やガンの形態など,性差にあわせた医療が必要であるという「性差医療」という考え方があることを初めて知ることができた。
女性にも優しい=みんなにやさしい
NHKスペシャルなどでも放送されていたが,車の事故によるケガは,男性より女性の方がケガのリスクが高い。これはダミー人形による事故時のリスク実験が,男性の骨格に合わせたダミー人形をただ小型化しただけのダミー人形を使っていたことから生じていた可能性が指摘されている。
そこから女性専用だけではなく,赤ちゃんや妊婦ダミーなどダミー人形の「個別化」が図られてきたことで,すべての人を対象とした事故リスク管理が進んでいるという。
ほかにも街づくりや商品開発に女性の視点が生かされており,それが全体として高齢者や子どもたちにとっても重要なイノベーションになるという。
足利義満になれるイス 中学校社会科の個人的な研修備忘録
先日,個人的な研修で1年生の社会科の授業を参観することができた。
「個人的な」という名目の通り,自治体や組織の研修ではなく,まったくの個人的な興味関心でお願いしたものだ。私は教師1年目のときからその方の著書にふれ,自分の授業組み立ての参考にしてきた。また同期数人にも伝え,それ以降私たちの授業は,それを真似て,ときには乗り越えようと試行錯誤してきた成果である。
研修で普段の授業を見れたことは大きかった。先生の雰囲気と同じく,自由であたたかい雰囲気に終始包まれている「普通」の授業であった。適当にやっていたというわけでは決してないが,「こんなんでいいんだよ」と背中を押されている感じだった。
そんななかでも,足利義満になれるイスは,みていたこちらも生徒が楽しそうにしている様子を見て,ついつい笑顔になれるものだった。
これは道徳の役割演技指導の1つを歴史の授業に取り入れたものである。
手順は次の通り。
列の片方のイスを「足利義満になれるイス」で,隣の列の人がインタビューするというものである。
ここで,子どもたちからは「えええ」となるが,ここで先生が,イスが動くためのチャージタイムを1分とりますという。すると,「足利義満になれるイス」に座った生徒は一斉に教科書やパソコンで足利義満を調べるのだ。
これを交互にすることで,生徒は楽しみながらインプットーアウトプットをすることになる。また義満になりきろうとする生徒が輝くこともまたいい。
適度な見せ場を作ってもらいながら,一日じっくりいくつもの授業をみせていただく充実した研修となった。やはり百聞は一見に如かず。言葉にしないだけで,数々の指導の技術や授業の雰囲気のつくり方,長いスパンで生徒の成長をみていくことの大切さを学ぶことができた。